本日は雲ひとつ無い晴天だった。青い空と青い海の境界線が分からないくらい澄み切った光景は大時化を抜けた後の疲れきった海の男達の心に良く響いた。
 早速、時化で壊れた船の修理をしようと船大工達が立ち上がり、家族もそれを手伝おうと声を上げる。汚れた波で泥が付いてしまった甲板には水が広げられ、手の空いている者はデッキブラシで自分達の家である大きな鯨の背を擦り始める。大時化の割には被害は少なかった様で、大工組も早々に修理を切り上げ、掃除へと加わって、最終的には随分と賑やかな掃除となった。
 その中に当然の様に末っ子であるマルコの姿もある。人一倍、掃除を頑張るマルコは大時化の時に働けなかった分を取り戻そうと必死の様だ。悪魔の実の能力者は海に嫌われている。甲板にも波が届く大時化の時、もしその波が能力者面々を襲ったら、と想像をすれば、安易にその結末も付いてくるだろう。その為、マルコの様な未熟な能力者達は大時化の時、安全な船室に避難をするのが決まりだ。その為、大時化の際に働けなかった分をこうして大時化後の手伝いで補うのだ。
 そろそろ甲板の掃除も終わり、休憩の時間が入る頃だろう。今日のサッチが作ってくれるおやつは何だろうか。クールに振る舞いながらも、内心は良いにおいのするキッチンに繋がる扉が気になって仕方が無い様子のマルコは、とん、と船の淵に背を預ける。空を見上げればそこには綺麗過ぎる青い空…そういえば大時化続きで最近は飛んで無いな、とマルコはぽつりと呟いた。
 自分は人間だが、不死鳥の能力者故か時々地に足が付いているよりも、翼が空気を切っているほうが落ち着く時がある。誰の邪魔も入らない済んだ空色を何も考えず、ゆったりと飛ぶ楽しみは鳥達にしか分からない。昔はこの能力で虐げられた時もあったが、今はこうして素敵な家族にも恵まれ、楽しく過ごせているのだから鳥類の仲間入りをして良かったとも思っている。
 そして、特別な能力故の特別な仕事を任されることは末っ子のマルコが心から嬉しいことだ。
「そろそろ手紙を届ける時期だねい…」
 白ひげには慕われていることを形に表したような傘下の海賊達がいる。その海賊達とのやり取りは主に手紙。その手紙を届ける役目は、この見渡す限りの海を無視して行動出来る能力者であるマルコだけなのだ。幼い故に任される仕事は本当に僅かだが、この仕事はマルコ以外は行うことが出来ないもの。特別扱いが嬉しい訳では無い。大好きな白ひげの役に立てて嬉しい。ただその感情に尽きる。
「おれにも手紙をくれよ、マルコ!」
「っひぎゃあああああ!」
 刹那、前置きも無く澄み切った空気にマルコのどこから発せられた分からないような悲鳴が響いた。何だ、と皆が一斉に声が上がったマルコの方を見れば、そこには空を仰いでいるマルコの顔を覗き込むように位置を置いたエースの姿があった。どうしてこんなところに、と海を慌てて見れば彼の能力でのみ機動するストライカーが存在していた。どうやら単独で遊びに来たらしい。
 突然のエースの来訪に白ひげの船員達は特に気にも止めなかったがマルコはそうもいかない。何故ならマルコはエースが苦手だからだ。第一印象というものはいつまでも引きずってしまうもので、決して良くはならない。思い出は美化されるものだと言うが実際はそんなことは無く、ただただマルコの中のエースはどうしようも無い、苦手な男なのだ。
 動きを止めているマルコを横目にエースは当然の様にモビーに降り立つと、船員達に軽く挨拶。そしていつまでも動きがぎこちないマルコの名を悪びれた様子も無くなぞった。
「マールコ!久しぶりだな」
「な、なんで…お前さんがここに…!」
「なんで、って…散歩をしてたらたまたまモビーが見えてな!時化上がりか?大変だな」
 おれも手伝う、と言わんばかりに近くに落ちていたデッキブラシを手に取ったエースは実にご満悦だ。周りの大人達も楽しげにエースを談笑を始めるし、本当にマルコにとっては面白くないことだらけ。エースは自分が毛嫌いをしているだけで、本当は人懐っこい皆に好かれる太陽のような存在だ。普段は皆のムードメーカーとして明るく振る舞い、戦闘の時はナイフの様な鋭さを兼ね揃える表裏一体の面倒見の良い兄貴分。自分の船の船長で無くても憧れる節は十分にあるだろう。
 それが、きっとマルコがエースを毛嫌いする理由。自分には無いものを全て持っている大人なエースは、自分が必死に取り繕っている余裕ぶる態度をいとも簡単に破ってしまう。ようは、調子が狂うのだ。人は、自分のペースを乱されることを嫌う生き物なのだから、その狂いの原因を作るエースをマルコが睨みの対象とするのは十分であった。